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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)9449号 判決

判   決

原告

小倉守秋

右訴訟代理人弁護士

山本寅之助

被告

日本国有鉄道

右代表者総裁

十河信一

右訴訟代理人

鵜沢勝義

小林倉雄

広川潔

島田久治

松野勝三

江川義治

右当事者間の昭和三三年(ワ)第九、四四九号損害賠償、特許実施禁止等請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求は、棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

(当事者の求めた裁判)

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、金二千万円及びこれに対する昭和三十三年十一月二十九日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

(請求の原因)

原告訴訟代理人は、請求の原因等として、次のとおり述べた。

一  原告の権利

原告は、次の特許権を有している。

特許番号 第二三〇、四〇五号

発明の名称 鋼線に捻縒張力を与えてコンクリートの筋線とする施工方法

出   願 昭和二十九年十二月十三日

公   告 昭和三十年十二月十二日

登   録 昭和三十二年三月二十八日

二  特許請求の範囲

本件特許権の願書に添附した明細書には、その特許請求の範囲として「本文に記載し図面に例示するように、緊張を保たした一線以上の鋼線に、端部より捻縒を与えて捻縒張力を生じさせてコンクリートの筋線とし、捻縒の波状摩擦面をもつて、与えられた緊張張力の習性還元を阻止するようにし、張力の持久を保たしめるようにした鋼線に捻縒張力を与えてコンクリートの筋線とする施工方法」と記載されている。

三  本件特許権の特許発明の要旨及びその効果

(一)  本件特許権の特許発明の要旨は、次の各要件からなつている。なお、コンクリートの筋線に張力を与えて施工する方法が、本件特許の出願前に公知であつた旨の被告の主張事実は認める。

(1) 一本以上の鋼線に、端部より捻縒によつて捻縒形状を与えること。

(2) 捻縒と同時に、または、その後に、捻縒形状の鋼線に張力を生じさせること。

(3) 張力を生じた鋼線をコンクリートの筋線とすること。

(二)  右特許発明による効果は、次のとおりである。

(1) 捻縒による波状摩擦面により、生じた緊張張力の習性還元が阻止され、張力の持久が保たれること。

(2) 波状形象の調整が容易であること。

(3) 筋線の断面が常に同一であるから、鋼線にきざみ込みをつけただけのものを筋線とする場合に比べて、緊張力にむらがないこと。

四  被告の方法

被告は請負業者に指示し、別紙(一)記載の方法(以下「被告の方法」という。)によるコンクリート枕木の生産を請け負わせて、これを生産している。

五  被告の方法の特徴及びその効果

(一)  被告の方法の特徴は、次のとおりである。

(1) 鋼線を、あらかじめ、より合わせて、より線としておくこと。

(2) このより線の両端を引つ張つて、これに緊張力を生じさせること。

(3) 緊張力を生じたより線をコンクリートの筋線とすること。

(二)  被告の方法による効果は、本件特許発明によるそれと同じである。

六  本件特許発明と被告の方法との比較

被告の方法は、本件特許発明の要旨を構成する各要件をその特徴として備えており、かつ、本件特許発明におけると同一の効果を有するから、本件特許発明の技術的範囲に属する。

仮に、本件特許発明の要旨が被告主張のとおりであるとしても、本件特許発明の本質は、捻縒によつて筋線に波状形象を生じさせ、かつ、コンクリートとの摩擦面積を増大させることにより、筋線に生じた緊張張力の習性還元を阻止し、張力の持久を保たせることにあるのであるから、本件特許発明と被告の方法とは技術思想としては全く同一であり、したがつて、被告の方法は本件特許発明の技術的範囲に属するものというべきである。このことは、特許公報の「発明の詳細なる説明」欄第六項中に、「予め各単位鋼線3に捻縒を与えて繩状に縒り合わせたものを更に捻縒緊張を行う」と記載されていることからも、明らかである。

なお、本件特許発明と被告の方法との間には、効果において被告主張のような相違はない。被告の方法によつても筋線に有害な捩れ応力が作用することは、同じである。

七  損害賠償請求

(一)  被告は、本件特許権の存在及び被告の方法が本件特許発明の技術的範囲に属することを知りながら、昭和三十二年三月二十八日から昭和三十六年九月までの間に、ビーエスコンクリート株式会社、オリエンタルコンクリート株式会社その他の請負業者らを選定したうえ、被告の方法を指示し、これによつてコンクリート枕木を製造納入することを請け負わせ、一年間二十二万七千本の割合で合計百二万千五百本の別紙(二)記載のコンクリート枕木を製造させ、その納入を得た。

(二)  被告は、被告の方法が本件特許発明の技術的範囲に属することを知らない前記請負業者らを利用するか、又は、そのような事情を知つている請負業者らを教唆するか、もしくは、これら請負業者らと共謀するかのいずれかによつて、請負業者らに被告の方法を使用した前記コンクリート枕木を製造納入させたものであるから、これにより原告に生じた損害はいずれにしても、被告において賠償すべき責任がある。

(三)  前記コンクリート枕木の単価は金二千円であり、本件特許発明の実施料は、コンクリート枕木一本当り、その五分にあたる金百円を相当とするから、被告は、前記のとおり、本件特許発明の技術的範囲に属するところの被告の方法を無断使用することにより、本件特許権を侵害し、原告に対しコンクリート枕木百二万千五百本分合計金一億二百十五万円の実施料の支払いを免れたもので、原告は、これにより右と同額の得べかりし利益を失い、同額の損害をこうむつたことになる。

(四)  よつて、原告は被告に対し、右損害額のうち、被告の不法行為による最初の一年分の損害額金二千万円及び右不法行為の後である昭和三十三年十一月二十九日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

八  被告の先使用の主張に対する答弁

被告が本件特許権について先使用による実施権を有することは、否認する。

(答弁等)

被告訴訟代理人は、答弁等として、次のとおり述べた。

一  請求の原因一の事実は、認める。

二  同二の事実は、認める。

三  同三の(二)の事実は、認めるが、(一)の事実は、否認する。原告が本件特許発明の要旨として主張するような方法は、乙第一号証から第十号証の各文献により、出願前すでに公知であり、本件特許発明の要旨は、次の各要件からなつている。

(1)  一線以上の鋼線の両端を固定し、これに緊張を保たせておくこと。

(2)  その鋼線に、端部から捻縒によつて、捻縒形状を与えると同時に、捻縒による張力を生じさせること。

(3)  右張力を生じた鋼線をコンクリートの筋線とすること。

四  同四の事実は、認める。

五  同五の(一)の事実は、認める。

同五の(二)の事実は、否認する。被告の方法は、本件特許発明について原告が主張する効果を有するが、そのほかに、本件特許発明との間には、効果において、次の相違がある。

(1) 同一原材料のより線を使用した場合に、同一の単位長さのコンクリート中に置かれるより線部分のよりの数は、同一単位長さの原材料に存在したよりの数に比較して、本件特許発明の方法によるものはそれより多く、被告の方法によるものはそれより少なくなり、よりの数の多少によつて目的とする効果にも差が生ずる。

(2)  本件特許発明の方法によるときは、筋線には引張張力のほかに捻縒による捩れ応力が作用するが、被告の方法によるときは、有害な捩れ応力は作用しない。

六 同六の事実は、否認する。本件特許発明の方法は、鋼線に捻縒によつて緊張力を生じさせるものであるのに対し、被告の方法は、より線の両端を引つ張ることにより張力を与える点において、方法の相違があり、その効果においても、前記五に挙げた相違があるから、被告の方法は、本件特許発明の技術的範囲には属しない。

なお、原告は、「本件特許発明の本質は、捻縒によつて筋線に波状形象を生じさせ、かつ、コンクリートとの摩擦面を増大させることにより、筋線に生じた緊張力の習性還元を阻止し、張力の持久を保たせることにあるから、本件特許発明と被告の方法とは、技術思想として全く同一であり、被告の方法は本件特許発明の技術的範囲に属する。」旨主張するが、前記三に掲げた各公知例が存在することからみて、本件特許発明の本質を原告主張のように解することはできない。この点について、特許公報中、原告引用の部分は、あらかじめ縒り合わせた鋼線をさらに前記三の(一)に掲げた方法によつて捻縒し、捻縒による張力を与えること、に関するものである。

七  同七の(一)の事実のうち、被告が本件特許権の存在を知つていた事実及び被告が原告主張の請負業者らを選定したうえ、被告の方法を指示し、コンクリート枕木を製造納入することを請け負わせ、これに基いて別紙(二)記載(ただし、9「PC15」鉄研式(F型)を除く。)のコンクリート枕木の製造納入を得た事実は認めるが、別紙(二)記裁の9「PC15」鉄研式(F型)のものを製造納入させた事実はない。

八  仮に、被告の方法が、本件特許発明の技術的範囲に属するとしても、被告は、本件特許発明の内容を知らないで、本件特許権の出願日以前である昭和二十七年頃からひきつづき、被告自身の発明にかかる被告の方法を使用して、請負業者に前記コンクリート枕木の製造納入させていたのであるから、本件特許権について先使用による実施権を有する。

(証拠関係)≪省略≫

理由

(争いのない事実)

一  原告が、その主張する特許権の権利者であること、右特許権の願書に添付した明細書に記載された特許請求の範囲が、請求の原因二において原告が主張するとおりであること、及び、被告がコンクリート枕木の生産に使用していた方法(被告の方法)が、別紙(一)記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(被告の方法が本件特許権の技術的範囲に属するかどうか)

二 前掲当事者間に争いのない特許請求の範囲の記載に、成立に争いのない甲第一号証の一「発明の詳細なる説明」欄の記載を参酌して考察すると、「鋼線に捻縒力を与えてコンクリートの筋線とする施工方法」に関する本件特許発明は、「緊張を保たした一線以上の鋼線に、端部より捻縒を与えて捻縒張力を生じさせること」を、その構成上の必須の要件の一つとしているものとみることができる。この点に関し、原告は、本件特許発明は、「一本以上の鋼線の端部より捻縒によつて捻縒形状を与え、これと同時に、または、その後に、捻縒形状の鋼線に張力を生じさせること」を、構成上の必須の要件としている旨主張するが、前掲特許請求の範囲の記載及び前掲甲第一号証の「発明の詳細なる説明」欄の記載からみて、鋼線に対し捻縒と関係なく張力を生じさせることをもつて、本件特許発明の必須の要件であると解することが、はなはだしく当を得ないことは、多くの説明を要しないところである。

しかして、被告の方法中、「鋼線をあらかじめより合わせてより線としておき、このより線の両端を引つ張ることによりこれに緊張力を生じさせる」部分が、本件特許発明の前示の要件に対応するものであることは、当事者間に争いのない前掲特許請求の範囲の記載と被告の方法とを対比することにより、おのずから明らかである。

よつて、本件特許発明における前示の要件と被告の方法中前掲の部分とを、成立に争いのない甲第一号証に鑑定人荒木達雄の鑑定の結果を参酌して、比較検討すると、両者は、方法及び効果において、明確に相違するものといわざるをえない。さらに、これを詳説するに、前者(本件特許発明の前示の要件)は、緊張を保たせた鋼線に端部より捻縒を与えて捻縒張力を生じさせるものであり、あらかじめ鋼線をより合わせてより線としたものを使用する場合でも、さらに、これに捻縒を与えることによりて捻縒張力を生じさせるものであるに対し、後者(被告の方法中前掲部分)は、鋼線をあらかじめより合わせてより線としたうえ、このより線を引つ張ることによつて張力を生じさせるものであり、この両者の間には、鋼線に対する張力の与え方において、方法上明確な相違が見出される。したがつて、前者の方法によるときは、鋼線に対する必要な波状摩擦面の付与と張力の導入とが同時に解決される結果、施工に際しても、一個の機具、一回の工程で所期のコンクリート筋線を得られるが、後者の方法によるときは、鋼線に対する波状摩擦面の付与と張力の導入とが二回に分けて別々に解決される結果、施工に際しても、鋼線に対して波状摩擦面を付与する機具と、これとは別個に張力を導入する機具を必要とし、二回に分けた工程で、はじめて所期のコンクリート筋線を得られることとなる。すなわち、この両者は、方法及び効果において相異なるものがあり、均等性を欠くものといわざるをえない。したがつて、被告の方法は、本件特許発明の必須の要件の一つを欠くこととなり、さらに他の点を比較するまでもなく、本件特許発明の技術的範囲には属しないものというべく、本件における全証拠によつてみても、右判断をくつがえすべき適確な資料は、一つとして存しない。

なお、原告は、「本件特許発明の本質は、捻縒によつて筋線に波状形象を生じさせ、かつ、コンクリートとの摩擦面を増大させることにより、筋線に生じた緊張張力の習性還元を阻止し、張力の持久を保たせることにあるから、本件特許発明と被告の方法とは技術思想としては全く同一であり、したがつて、被告の方法は本件特許発明の技術的範囲に属する」旨主張するが、原告の右主張は、方法を無視ないしは軽視し、もつぱら目的効果のみによつて特許発明の技術的範囲を論断しようとするものであり、本件特許発明の技術的範囲の定め方としては、はなはだしく当を得ないものというべく、もとより採用に値しない。

(むすび)

三 以上説示のとおりであるから、被告の方法が本件特許発明の技術的範囲に属することを前提とする原告の本訴請求は、進んで他の点について判断するまでもなく、理由がないものといわざるをえない。

よつて、原告の本訴請求は棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条の規定を適用し、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二十九部

裁判長裁判官 三 宅 正 雄

裁判官 米 原 克 彦

裁判官 竹 田 国 雄

別紙(一)

鋼線をあらかじめより合わせてより線としておき、このより線の両端を引つ張ることによりこれに緊張力を生じさせたものをコンクリート筋とし、より線の波状摩擦面をもつて、生じた緊張張力が戻つて収縮しないようにし、張力の持久を保たせるようにした鋼線に引張張力を与えてコンクリートの筋線とする施工方法。

別紙(二) <省略>

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